オフィス賃料は空室率に連動しているのか?(後編)

前回は2002年〜2025年6月までの東京都心5区-の募集賃料が、内閣府が発表している「景気動向指数」の一致指数を用いて作成した一致指数累積と非常に強い正の相関関係があること。空室率と一致指数累積の間には空室率と募集賃料間よりも強い負の相関関係があるため、空室率と募集賃料の関係は景気動向を介した疑似相関である可能性を解説しました。

今回はそれに引き続き、同様の関係が他の大都市(大阪市、名古屋市、福岡市)でも成り立っているのか見ていきたいと思います。

各都市ビジネス地区のオフィス平均募集賃料と空室率の関係

まずは平均募集賃料と空室率の関係について確認しましょう。図1は大阪市、図2は名古屋市、図3は福岡市の2002年1月~2025年6月までの平均募集賃料と空室率の推移です。両者の比較が行いやすいよう空室率の軸を反転しています。大阪市の平均募集賃料と空室率の相関係数は0.25であり、逆相関すらしていません。つまり、大阪市では、空室率が上昇(下降)すると平均募集賃料が下落(上昇)するという関係が確認できないということです。

図1:大阪市ビジネス地区オフィスの平均募集賃料と空室率の推移(三鬼商事「オフィスマーケット」より作成)

一方、名古屋市と福岡市の平均募集賃料と空室率の相関係数は、名古屋市が-0.42、福岡市が-0.41。両者の推移には逆相関がみられるため、空室率が上昇(下降)すれば平均募集賃料が下落(上昇)という関係はありますが、東京都心5区-(相関係数-0.61)に比較して空室率と平均募集賃料の相関関係が弱いことがわかります。このように、一般に言われているオフィスの平均募集賃料と空室率の関係は、根拠が薄いものであることがわかります。

図2:名古屋市ビジネス地区オフィスの平均募集賃料と空室率の推移(三鬼商事「オフィスマーケット」より作成)

図3:福岡市ビジネス地区オフィスの平均募集賃料と空室率の推移(三鬼商事「オフィスマーケット」より作成)

日本全体の景気動向と各都市ビジネス地区のオフィス空室率・平均募集賃料の関係

次に、東京都心5区と同様に各都市のオフィスの空室率、平均募集賃料と一致指数累積の関係を見てみましょう。図4に各都市の空室率と一致指数累積の推移、図5に各都市の平均募集賃料と一致指数累積の推移を示します。比較しやすいよう図4の一致指数累積は軸を反転しています。

図4:大阪市、名古屋市、福岡市のオフィスの空室率と一致指数累積(軸反転)の推移(三鬼商事「オフィスマーケット」、内閣府「景気動向指数」より作成)

22.5年(2002年1月~2025年6月)という長期にもかかわらず、東京都心5区-(一致指数累積とオフィス空室率の相関係数は-0.61)と同様に、大阪市の空室率は-0.77、名古屋市は-0.71、福岡市は-0.56と一致指数累積と各都市のオフィス空室率には強い負の相関関係が存在しています。これは、東京以外の都市においても、ビジネス地区にオフィスを構える企業は、景気動向に応じてオフィスを拡張・縮小している可能性が高いことを示しています。

図5:大阪市、名古屋市、福岡市のオフィスの平均募集賃料と一致指数累積の推移(三鬼商事「オフィスマーケット」、内閣府「景気動向指数」より作成)

一方で、東京都心5区と異なり、ビジネス地区のオフィス平均募集賃料と一致指数累積の22.5年(2002年1月~2025年6月)相関係数は、大阪市が0.31、名古屋市が0.53、福岡市が0.53と、東京都心5区(相関係数0.94)と比較して弱いことがわかります。相関係数は全て正の値ですので、日本全体の景気動向との相関は認められますが、空室率と異なり、東京都以外の都市のビジネス地区の平均募集賃料は、日本全体の景気動向とは異なる要因の影響を受けていると考えられます。

都道府県の景気動向と各都市ビジネス地区のオフィス平均募集賃料の関係

東京都は日本経済の中心であり、主要企業の本社が集積しています。これが、日本全体の景気動向が東京都心5区-のオフィス平均募集賃料に影響を与えていると考えられます。そういった意味では、東京都心5区のオフィス市場が特殊である可能性があります。

一方、他の都市のビジネス地区のオフィス平均募集賃料は、それぞれの都市の景気動向の影響の方が強いのかもしれません。ただし、内閣府が発表している「景気動向指数」は全国のものだけです。独自に景気動向指数CIを作成している都道府県も存在しますが、作成していない都道府県がある、作成方法が統一されていないといった問題があり、地域間の比較に利用するのに適していません。そこで、今回は九州経済調査協会が統一された手法で作成している「都道府県景気動向指数CI」を用いて検証を進めます。

図6:内閣府の「景気動向指数」CI(2015年基準)と九州経済調査協会の「都道府県景気動向指数CI」(全国、2015年基準)の比較(内閣府「景気動向指数」、九州経済調査協会「都道府県景気動向指数CI」より作成)

こちらの図6に内閣府の「景気動向指数」CI(2015年基準)と九州経済調査協会の「都道府県景気動向指数CI」(全国、2015年基準)を示しました。両者の値は2014年〜2020年前半ではほぼ同じですが、2013年以前は「都道府県景気動向指数CI」が下振れ、2020年後半以降は「都道府県景気動向指数CI」が上振れしており、これは指数の算出方法の違いに起因していると考えられます。そこで、両者の差分を補正し、その補正値を各都道府県CIに適用し、各都道府県CIの補正値(以下の図7)を使用して検証を進めます。

図7:内閣府の「景気動向指数」CI(2015年基準)と九州経済調査協会の「都道府県景気動向指数CI」(2015年基準)愛知県、大阪府、福岡県の補正値の比較(同上)

また、各府県CIの2008年1月~2025年4月の平均値を用いて作成したCI累積を図8に示しました。愛知県は安倍政権の低金利、円安誘導によって自動車産業が好調となった恩恵を受け景気が回復しているのに対し、大阪府、福岡県の景気回復が遅れていることがわかります。特に大阪府は長期にわたり低迷しています。大阪府、福岡県の景気は新型コロナウイルス感染拡大の影響が収まるのに合わせて急激に回復しました。では、これらCI累積と各都市のビジネス地区オフィス募集賃料の推移を比較してみましょう。

図8:内閣府の一致指数累積と愛知県、大阪府、福岡県のCI累積の比較(同上)

図9に大阪市ビジネス地区オフィス募集賃料と大阪府CI累積、図10に名古屋市ビジネス地区オフィス募集賃料と愛知県CI累積、図11に福岡市ビジネス地区募集賃料と福岡県CI累積を示しました。大阪市ビジネス地区の募集賃料と大阪府CI累積の相関関係は非常に強い0.79であり、大阪市ビジネス地区のオフィス賃料は大阪府の景気動向に大きな影響を受けていることがわかります。対して名古屋市ビジネス地区オフィス募集賃料と愛知県CI累積の相関係数は0.42、福岡市ビジネス地区の募集賃料と福岡県CI累積の相関係数は0.42であり、内閣府の一致指数累積よりも影響が小さくなっています。

図9:大阪市ビジネス地区オフィス募集賃料と大阪府CI累積の比較(三鬼商事「オフィスマーケット」、内閣府「景気動向指数」、九州経済調査協会「都道府県景気動向指数CI」より作成)

図10:名古屋市ビジネス地区オフィス募集賃料と愛知県CI累積の比較(同上)

図11:福岡市ビジネス地区オフィス募集賃料と福岡県CI累積の比較(同上)

大阪市の経済規模は大阪府の約半分であるのに対し、名古屋市の経済規模は愛知県の約3分の1、福岡市の経済規模は福岡県の約3分の1と、県の景気に占める割合が小さいため、愛知県CIや福岡県CIにおける名古屋市、福岡市以外の地域の影響が大きい、また名古屋市、福岡市の都市の規模が東京23区や大阪市よりも小さいため、新規オフィスビルの供給の影響を受けやすいなど、いくつかの要因が考えられます。なお、新規供給の影響については別の機会に解説する予定です。

まとめ

2回にわたり、景気動向とオフィス賃料の関係について解説しました。シンクタンクのレポートやメディアの報道でしばしば記載される「空室率5%がオフィス賃料反転の目安」は感覚的なもので根拠が薄いこと。特に東京都以外のオフィス空室率と募集賃料の関係がほとんど検証されていないことに驚いた方も少なくないでしょう。

昔と異なり、現在はネットで多くの情報を収集することができます。これまで当たり前のように語られている説が本当に正しいのか、皆さんも検証してみてはいかがでしょうか。

藤井和之(ふじいかずゆき) 不動産市場アナリスト

1987年 東京電機大学大学院 理工学研究科 修士課程修了、清水建設入社
2005年 Realm Business Solutions(現ARGUSSoftware)
2007年 日本レップ(現GoodmanJapan)
2009年 タス
2022年~現職

不動産流通推進センターの機関誌「不動産フォーラム21」ほか執筆・セミナー活動を実施
著書 大空室時代~生き残るための賃貸住宅マーケット分析 住宅新報出版
不動産証券化協会認定マスター、宅地建物取引士
MRICS(英国王立チャータード・サーベイヤーズ協会)メンバー
日本不動産学会、日本不動産金融工学学会、資産評価政策学会会員