不動産事業にかかわるリスク
不動産の収入や費用は様々な要因で増減します。また、景気変動などの外部要因で不動産価格が大きく変わることもあります。このように将来発生する可能性のある不確定要素のことを「リスク」と呼びます。
米国などの大学の不動産学部(※1)で教科書として使用されている「リアルエステートファイナンス(※2)」では、不動産事業にかかわるリスクを、ビジネスリスク、財務リスク、流動性リスク、物価上昇リスク、マネジメントリスク、金利リスク、法的リスク、環境リスクの8つに分類しています(表1)。
※1:日本では不動産学部があるのは明海大学だけですが、欧米では多くの大学に不動産学部があります。
※2:日本では2006年に第12版が翻訳・出版。『リアルエステートファイナンス』(ウィリアム・ブルーグマン、ジェフリー・フィッシャー著、川口有一郎監修、ニューヨーク不動産ファイナンス研究会翻訳、日経BP社発行)。英語版「Real Estate Finance & Investments」は、本稿執筆時点で第18版。

表1:不動産事業にかかわるリスク(「リアルエステートファイナンス」より作成)
大きな意味では環境リスクに該当するのかもしれませんが、リアルエステートファイナンスが示した8つのリスクに加え、日本においては地震や洪水などの災害もリスクに該当すると考えられます。そして、日本で一般的に利用されている収益還元法は直接還元法で、簡便に不動産価格を算出するには便利な一方、これらの不動産にかかわるリスクを盛り込むことは困難です。
欧米におけるDCF法の活用
これに対し、欧米においてDCF法は単に物件の価格を査定するのではなく、将来のリスクを洗い出し、事前に対応策を検討・実施し、収益を向上させる(損失を軽減する)ツールとして活用されています。
このため、DCF法で最も重要とされているのは、各期の収益(キャッシュフロー)を予測することです。前述した「リアルエステートファイナンス」でも、キャッシュフローの予測方法(※3)に多くのページが割かれています。
※3:欧米の大学で教えられているのは、テナントごとの動向をふまえて、システマティック(つまり、恣意性を排除して)にキャッシュフローを作成する方法であり、リースバイリース分析(Lease-by-lease analysis)と呼ばれています。リースバイリース分析については、別の機会にご紹介します。
キャッシュフローの予測にあたって、アセットマネージャーは、プロパティマネージャーと密に連携し、市場の状況、テナントの意向といった情報を収集します。一般的にテナントの契約期間は2年〜5年程度で、最近では定期借家契約も増加しています。市場に大きな変動が起こらない限り、テナントの入れ替わった場合の損失や新たなテナントを入れるまでの期間なども想定できます。
つまり、投資を行っている不動産の今後数年間のキャッシュフローを、比較的高い精度で予測することができるのです。欧米ではこうした想定を明確にし、将来のテナントの入れ替わりを自動計算することで、恣意性を排したキャッシュフローを自動生成する「リースバイリース分析」という手法が利用されています。
予測したキャッシュフローは、リーシングの対策、改修の時期の検討、EXIT時期の検討など、評価を行う期間内に発生するさまざまなリスクと対策の検討に活用することができます。元金支払い後キャッシュフロー、税引き後キャッシュフローなどの検討も行うことができます。このように、欧米では、表1に示したリスクのうち法務リスク、環境リスク、災害リスク以外の6つのリスクを検討するためにDCF法を用いています。
詳細なキャッシュフロー予測には、詳細なデータと複雑な計算が不可欠でありExcelでは対応しきれません。また、アセットマネージャーがポートフォリオ管理をする際や、売買時に投資家、不動産鑑定士、金融関係者、不動産業者などが情報をやり取りする際には、物件情報やキャッシュフロー予測における条件設定などのフォーマットが統一されている必要があります。欧米ではこのような事情からARGUSなどの分析ソフトウェアが広く利用されてきました。
次回はDCF法の活用方法とあわせて、日本におけるキャッシュフロー予測の課題や、それによってもたらされる市場への影響をさらに深掘りしていきます。
藤井和之(ふじいかずゆき) 不動産市場アナリスト
1987年 東京電機大学大学院 理工学研究科 修士課程修了、清水建設入社
2005年 Realm Business Solutions(現ARGUSSoftware)
2007年 日本レップ(現GoodmanJapan)
2009年 タス
2022年~現職
不動産流通推進センターの機関誌「不動産フォーラム21」ほか執筆・セミナー活動を実施
著書 大空室時代~生き残るための賃貸住宅マーケット分析 住宅新報出版
不動産証券化協会認定マスター、宅地建物取引士
MRICS(英国王立チャータード・サーベイヤーズ協会)メンバー
日本不動産学会、日本不動産金融工学学会、資産評価政策学会会員