都心のオフィス空室率が大きく改善。テレワークや賃料との関係は?

オフィス仲介大手の三鬼商事株式会社の発表によると、東京都心5区(千代田区・中央区・港区・新宿区・渋谷区)のオフィス空室率が2024年8月に4.76%まで下がり、3年7か月ぶりに5%を下回りました。その後も改善が続き、2024年11月には4.16%をマークしています。このニュースは全国紙でも取り上げられたので、ご覧になった方も多いかもしれません。

都心のオフィス空室率が5%を下回ったことが、なぜここまで大きな話題になるのでしょうか?それは、5%という数字が「自然空室率」と呼ばれるオフィス市場の指標の1つだからです。オフィスの賃料は、空室率が5%を超えると下降傾向に、逆に5%を下回ると上昇傾向へ転じると言われています。

今回はこのオフィス空室率と自然空室率に焦点を当てながら、オフィス市場の動向を紐解いていきたいと思います。

テレワーク実施率が抜群に高い東京。そのオフィス空室率は?

図1:東京都、大阪府、愛知県、福岡県のテレワーク実施率推移(パーソル総合研究所「テレワークに関する調査」より作成)

まずはここ数年の国内オフィス市場を振り返ってみましょう。

新型コロナウイルス感染拡大の影響により、オフィス市場は世界的な打撃を受けました。日本も例外ではなく、シンクタンクやアナリストの多くは「コロナ禍でテレワークが増加したためオフィス市場が悪化した」と分析しています。でも、本当にその通りなのでしょうか?

上の図1は、2020年以降のテレワーク実施率を示したものです。この図を見てわかるように、東京におけるテレワークの実施率は他エリアと比べて高く、最大30ポイント以上の開きがあります。

多くのシンクタンクやアナリストが指摘するように、テレワーク化が進み、出勤する人が減ったことでオフィス需要が縮小したのであれば、テレワーク実施率の極めて高い東京のオフィス空室率は、他エリアのそれを大きく上回るはずです。

しかし、実際はそこまで大きな開きはなく、東京とその他のエリアのオフィス空室率は似通ったような動きで推移してきました(図2)。つまり、オフィス空室率の変動には、テレワークの増加以外に大きな要因があると考えられます。何が要因なのかを見極めるには、アメリカのオフィス市場に目を向けてみるのが、1つのヒントになるかもしれません。

図2:東京、大阪、名古屋、福岡のビジネス地区のオフィス空室率推移(三鬼商事「オフィスマーケット」より作成)

空室率悪化が続くアメリカのオフィス市場

図3:世界の主要都市のオフィス空室率(JLL「Global Real Estate Perspective August 2023および2022」より作成)

こちらの図3は主要都市のオフィス空室率を示したものです。この図を見てもわかるように、海外では多くの都市で空室率が悪化しています。特にアメリカでの悪化は顕著で、2024年第3四半期時点の全米のオフィス空室率は前年同期比+1.8ポイントの20.9%(※1)という深刻な状況です。また、アメリカの主要都市ではオフィスへの出社率が平均50%前後の低い水準で推移(※2)しています。

※1:Cushman&Wakefield「U.S. OFFICE MARKETBEAT REPORT」より
※2:Kastle Systems「Getting America Back to Work」より

私はこうした状況の最大の要因が、アメリカの住宅価格・賃料の高さにあると考えています。例えばアメリカの主要都市における1ベッドルーム(単身者向け)の平均募集賃料はニューヨークが$4,500($1=150円として67.5万円)、サンフランシスコが$3,170(同47.5万円)、ロサンジェルスが$2,440(同36.6万円)(※3)。こうした高額な家賃は、オフィスの通勤圏内に居住する従業員にとって非常に大きな負担となります。

※3:Zumper「Zumper National Rent Report」より

そこでコロナ禍のロックダウンなどを機に住宅価格・賃料の安いエリアに転居した従業員が、再び大きな経済的負担を強いられる通勤圏内に戻るのを嫌っているのだと考えられます。それがアメリカのオフィス出社率改善の遅れにつながっているのではないでしょうか。

住宅の供給過剰が続く東京では

一方、東京の住宅は供給過剰状態が続いているため、アメリカに比べて住宅価格・賃料が安価です。例えば東京23区の30㎡以下(単身者向け)の物件の平均募集賃料は、マンションが9.5万円、アパートが6.7万円(※4)で、ニューヨークにおける同タイプの物件の10分の1から7分の1程度にとどまっています。

※4:アットホーム「2024年11月全国主要都市の「賃貸マンション・アパート」募集家賃動向」

こうした住宅価格・賃料の安さを背景に、東京ではコロナ禍においても多くの従業員がオフィスへの通勤圏内にとどまり、オフィス出社率の低下が食い止められていたと考えられます。また、東京より住宅価格・賃料が低いエリアでは、通勤圏内にとどまった従業員の割合はさらに高いでしょう。このようにオフィス出社率の相違は、通勤圏の住居費との関係で説明することが可能です。

つまり、日本のテレワーク率上昇とオフィス空室率上昇は、一見すると相関性があるようにみえますが、実際には両者は「疑似相関」(直接的な因果関係がないにもかかわらず、あたかも因果関係があるように見える現象)である可能性が高いと考えられます。

多くのシンクタンクやアナリストはこの擬似相関に気づかず、テレワークの増加が直接オフィス空室率上昇につながったという説を採用しているのかもしれません。

次回はオフィス市場の動向を左右する要因について、さらに掘り下げてご紹介します。

藤井和之(ふじいかずゆき) 不動産市場アナリスト

1987年 東京電機大学大学院 理工学研究科 修士課程修了、清水建設入社
2005年 Realm Business Solutions(現ARGUSSoftware)
2007年 日本レップ(現GoodmanJapan)
2009年 タス
2022年~現職

不動産流通推進センターの機関誌「不動産フォーラム21」ほか執筆・セミナー活動を実施
著書 大空室時代~生き残るための賃貸住宅マーケット分析 住宅新報出版
不動産証券化協会認定マスター、宅地建物取引士
MRICS(英国王立チャータード・サーベイヤーズ協会)メンバー
日本不動産学会、日本不動産金融工学学会、資産評価政策学会会員