日本の不動産市場はグローバルランキングで透明度が「高」のグループに属していますが、実際には「市場ファンダメンタルズ」や「取引プロセス」の評価が低く、投資家や企業にとって不安要素となっています。本コラムでは、なぜ日本の透明度が伸び悩むのか、その背景にある情報開示の問題や国際比較を通じて、日本市場が今後どのように改善できるのかを解説します。不動産投資や業界関係者必見の内容です!
(本コラム執筆者:不動産市場アナリスト 藤井和之)
日本の不動産透明度
世界最大級の不動産総合サービス会社の一つであるジョーンズ・ラング・ラサール(JLL)が「グローバル不動産透明度インデックス」を2年毎に公表しています。最新版は2024年版であり、「投資パフォーマンス」「市場ファンダメンタルズ」「上場法人のガバナンス」「規制と法制度」「取引プロセス」「サステナビリティ」の6つのサブインデックス、256要素の総合スコアで算出されています。
2024年版における日本の順位は89ヵ国中11位であり、2022年版から1つランクアップしました。
2022年度版に引き続き、透明度は最も高い「高」グループに属しています。図1に示すように、日本は徐々に順位を上げているものの、
不動産市場規模の割に低い順位で推移しています。なお、2016年に日本の透明度順位が大きく上昇したのは「市場ファンダメンタルズ」が改善したこと、
2018年度以降の上昇は透明度のサブインデックスに「サステナビリティ」が加えられたことが要因です。
2024年版における各サブインデックスの順位は、「投資パフォーマンス」が7位、「市場ファンダメンタルズ」が31位、「上場法人のガバナンス」が23位、「規制と法制度」が12位、「取引プロセス」が33位、「サステナビリティ」が2位となっており、「投資パフォーマンス」「規制と法制度」「サステナビリティ」が順位上昇に寄与しています。
一方で、「市場ファンダメンタルズ」「上場法人のガバナンス」「取引プロセス」については、順位は上昇傾向にあるものの、依然低い評価が続いており、これらが「日本の不動産市場は透明度が低い」という市場参加者の認識の根源になっていると考えられます。今回は「市場ファンダメンタルズ」と「取引プロセス」の評価が低い理由について解説します。
図1 JLLグローバル不動産透明度インデックスにおける日本の順位推移
JLL「グローバル不動産透明度インデックス」より作成
1. 「市場ファンダメンタルズ」に関する問題点
日本においてもインターネットの普及とともに不動産情報の公開が徐々に進んできました。時系列データの発表元、時系列データの種類共に増加傾向にあります。これらが「市場ファンダメンタルズ」の評価向上に寄与しています。ただし、日本で公表されている賃料のほとんどは募集賃料であり、実質賃料を公開している発表元は僅かです。オフィスやリテール等の法人をテナントとする交渉はタフであることから、交渉を円滑に進める目的で、仲介業者は他テナントの成約情報の公開を控えています。プロパティマネジメントシステムを提供する会社には実質賃料のデータが収集されていると考えられますが、データはシステムを利用している会社の所有物ですので、約款等で利用が認められている場合を除き、システム会社の一存でデータ公開を行うことができません。このような理由から、実質賃料の情報開示が進まないのです。また、公開されているデータのほとんどは大都市圏および各地域の大都市のみです。これは投資需要が人口密集地域に偏っているためです。なお、ホテルに関する情報については、現状ではJ-REITやホテル運営会社等から公開されている情報がほとんどです。
個別物件のデータベースの整備も進んでいません。総務省の「2023年住宅・土地統計調査」によると、日本の住宅数は約6,500万戸です。住宅に関しては、アットホームやLIFULL等の住宅情報提供会社が独自にデータベースを構築していますが、住宅総数のどのくらいをカバーしているのか、各社のデータベースがどのくらい重複しているのか等は不明です。住宅市場は表に出てこない情報(売買の場合は流通していない物件、賃貸の場合は自主募集・自主管理物件は、住宅情報提供会社に情報が収集されない)が多いことから、カバレッジは高くないでしょう。国土交通省は、問題を解決するために不動産IDを提唱していますが、目標通りには進んでいません。また、国土交通省は賃貸や売買の情報を個人情報と定義しているため、住宅系の情報開示には個人情報保護の壁が立ちはだかっています。
オフィスについては、三鬼商事や三幸エステート、CBRE等の大手仲介業者であれば、S・Aクラスの大型ビルの情報は網羅している可能性が高いと思われます。日本不動産研究所が実施している「全国オフィスビル調査」は、全国 87 都市(三大都市、主要都市(9 都市)、地方都市(75 都市))の延床面積3,000㎡以上のオフィスビルを調査しています。調査方法は対象ビルの建物登記簿等に基づく集計で、物件のカバレッジは高いと考えられます。ザイマックス不動産総合研究所が毎年東京23区と大阪市の延べ床面積300坪以上(約1,000㎡以上)オフィスビルを対象として、公開情報や現地調査、ヒアリングに基づいて集計しています。東京23区、大阪市に関しては、物件のカバレッジが最も高い可能性があります。ただし、残念ながらこれらの調査では、個々の物件の情報は公開されていません。
インダストリアル(物流)、リテール、ホテルに関しても仲介会社やデベロッパーがデータベースを保有していると考えられますが、データベースのカバレッジについては不明です。データセンターのような新興セクターに関しては言わずもがなです。現在の所、重複無くカバレッジが高いと考えられるデータベースは登記情報でしょう。NTTデータやトーラス等、登記情報を収集し、有料で提供している会社も現れていますが、現状では価格情報や賃料情報、テナント情報等との紐づけは進んでいません。
日本の情報開示が進まない理由の一つとして、不動産の取引に介在する関係者が少ないことが考えられます。例えば、米国の住宅不動産取引では、売り手側、買い手側双方の不動産業者(エージェント)、契約手続きを管理するエスクロー会社、物件調査を行うインスペクター、価格を査定する不動産鑑定士、権利関係を確認するタイトルカンパニー、契約書を確認する弁護士、ローンを提案するモーゲージブローカー等、多くの関係者が分業する仕組みが確立しています。これらの分業をスムーズに行うためには、物件情報が公開されていたほうが都合がよいのです。これに対して日本の不動産取引は不動産業者のみで完結する場合が少なくありません。両手取引(売り手と買い手双方の仲介を同じ会社で行う)の場合は、1社の不動産業者で完結します(図2)。情報が公開されている必然性が低いのです。これが、「市場ファンダメンタルズ」の透明度順位が改善しない原因のひとつではないかと、筆者は考えています。
図2 不動産取引関係者の違い
2. 「取引プロセス」に関する問題点
「取引プロセス」の評価項目は「売買取引」と「テナントサービス」の2つに大別されます。前者は、前述した「市場ファンダメンタルズ」に起因した入手可能な売買情報の量と質の問題が挙げられます。一方で、テナントサービスの評価の低さは、欧米と日本の商習慣の違いによるものに起因しています。不動産証券化が開始されて以降、証券化されている不動産や大手デベロッパーが所有する不動産では、欧米型のマネジメントが広がりつつあります。しかし、共益費については改善が進んでいません。
日本の共益費は先払い定額精算方式(図3)です。水道光熱費を除く共益費は支払額が賃貸契約時に決定され、通常賃料の支払いと同時に定額が支払われます。オーナーは支払われた共益費の範囲内で建物の管理を行うのですが、共益費がどのような項目にどのくらいの料金が使われたのか、その内訳をテナントが知ることはできませんし、オーナーと交渉することもできません。この点が不透明である、とされているのです。先払い定額精算方式の共益費は必ずしも全てが共用部分の費用として利用されるわけではなく、賃料の一部としての側面を持っています。余剰分が物件の収益力を向上させる可能性がありますが、昨今のようにインフレ基調の場合は、共益費の値上げがすぐにはできないため、物件の収益力を落とす可能性があります。
欧米の共益費は後払い実費精算方式(図4)です。入居契約時にオーナーとテナントで共益費の計算方法を取極めた賃貸契約を締結します。そして、共用部の費用が発生したらまずオーナーが立て替え払いを行い、契約時に取極めた計算方法で各テナントが支払うべき共益費を計算し、各テナントから徴収する、方式を採用しています。運営費のうち、契約によってテナントから回収できる費用を「回収可能費用」(RecoveryやReimbursement等、何かしら戻ってくる意味の言葉で呼ばれています)、オーナー負担分を「回収不能費用」と呼んでいます。なお、後払い実費精算の計算方法はテナント毎に契約で取り決めるため、テナントとの交渉次第で収益改善のチャンスをオーナーにもたらすというメリットもあります。テナント側としても、何にどのくらいのコストがかかっているかが明らかになるため、透明性が高く納得できる仕組みです。また、経済がインフレ基調となった場合、物価上昇に合わせて共益費収入が上昇するため、物件の収益力が落ちにくいというメリットがあります。一方で、テナントとの交渉と契約、情報の管理、共益費徴収の実務処理、キャッシュフローの評価、収益還元法による物件の評価等には多大な労力が必要となります。欧米において、早い時期からプロパティマネジメントシステムや収益評価システムが利用されるようになったのは、複雑な共益費の精算方法に起因していると考えられます。
日本の前払い定額精算方式は共益費に関するテナントとの交渉が不要の他、実務処理の負担が小さいというメリットがあり、何よりも慣習化していることから簡単に欧米式に変更することはできません。したがって、グローバル不動産透明度インデックスにおける「取引プロセス」の共益費に関する点数の大幅な改善は、当面、見込めないと考えられます。
3. まとめ
今回はグローバル不動産透明度インデックスにおいて、毎回、日本が低い評価となっている2つのサブインデックスについて、なぜ日本の評価が低くなるのかについて解説しました。ただし、評価が低いとはいえ、2012年以降で「市場ファンダメンタルズ」は20、「取引プロセス」は11、それぞれ順位を上げていますので、改善されているのは間違いありません。それに大きく貢献しているのが不動産証券化の浸透やJ-REITの存在です。不動産証券化は、開始当初から透明性を高めるために、売り手・買い手双方がエンジニアリングレポート、マーケットレポート、不動産鑑定評価書等を取得して価格交渉を行う仕組みや、アセットマネージャー(運営管理)、プロパティマネージャー(物件管理)等の専門家に委託する欧米式の仕組みを取り入れています。特にJ-REITは、各投資法人が保有している物件の情報が公開されているだけでなく、不動産証券化協会から詳細なデータや時系列インデックスが公開されています。このような取り組みが「透明度が高い」と評価されているのです。不動産証券化市場は、不動産関係者と金融関係者で構成されています。金融市場の情報の透明度の高さが、不動産証券化における情報透明度向上に影響を与えているのは間違いないでしょう。不動産証券化市場の拡大に応じて、日本の不動産市場の透明度が向上していると考えても、あながち間違いではないと思われます。特筆すべきは、透明度の高さが、不動産証券化市場の拡大に影響を与えていないことです。不動産関係者は、未だに慎重ですが、市場拡大のカギは情報開示にあると筆者は考えています。